2024年4月5日、こんにちは!
突然ですがみなさんは、胸を張って綺麗な日本語が使えていると言えますか?
もちろん私は言えないのですが、ここでの綺麗な日本語とは人の心を動かせるような、敬語とか丁寧語とはまた違った日本語のことを言います。
今日は私が人生の中で一番、その人の使う日本語に魅せられて、国語の勉強のかわりにその人が紡ぐ言葉を聞いて育った、"その人"の話をさせてください
まあ、ダラダラもったいぶってないで言いますね
wowakaさん という方なのですが、多分私のフォロワーは知ってる人多いかなと思います、なんせインターネットの神なので…
ローリンガール、ワールズエンド・ダンスホール、裏表ラバーズ、アンノウン・マザーグース←この曲たちを聞いたことが無いニコニコ民はいないんじゃないか?と思います
小学生の頃に深夜たまたま見たアニメの主題歌が、
「ワンミーツハー」という曲で、そこからwowakaがフロントマンをつとめるバンド、ヒトリエの音楽を好んで聞き始めるようになりました
ちょうどその頃学校に行けなくなり始めて、自分の中での焦りとでも学校に行けない罪悪感と、思春期特有の物事を深く考え詰めたりしてしまうような感情と戦いながら苦しんでいたので、ぐちゃぐちゃした感情を綺麗にまとめて表してくれるようなwowakaの歌詞に非常に心を揺さぶられて、なんどもモヤモヤ、ゴチャゴチャした感情をヒトリエ、wowakaの曲が整理してくれて、救われてきました
中学一年生の頃、やっとヒトリエのライブのチケットを取りました、まだまだガキンチョなので親と一緒に2枚分、取りました、それを楽しみに中学二年生の始業式にも参加しました、ありがたいことに友達がたくさんいてくれたので、友達みんなに久しぶり〜!明日も来てよね!なんて言われて、ライブを糧に、頑張っていこうと思ってました
そして始業式の2日後、wowakaが死去したと発表がありました
初めて、私は自分の中の感情を言葉に表せませんでした、私はいつだって、ヒトリエの曲を聴いて、今自分はこういう感情なんだと整理をつけて、その感情と向き合って生きてきました、その術を失ってしまいました
私はあまりにも自分の中で大切にしてきた、道標にしてきたものを亡くしてしまった悲しみや苦しみを表す言葉を知りませんでした
受け止めきれない、悲しい、悔しい、嘘であってほしい、自分の知っている言葉を並べても足りませんでした
私が思っていたよりも私は、wowakaの言葉を信仰して、縋って生きていたことに気がつきました、私は自分ひとりじゃ綺麗な言葉を思いつくことができませんでした
それでも私はどうすればいいか分からなくなっても、ヒトリエの曲を聴き続けました、彼らの曲を聴いて悲しむのはなんか違うな〜って個人的に思ったからです
あれから5年ですかね?うわあ、すごい、もう5年も経ったのか、うん。
あれから5年、私は全然成長ができていません
相変わらず下品な日本語を使い、どれが本当の私か分からなくなって、本当は自分のことが大好きなのに、それすら言えなくて、今もこうやって検索に引っかからない、見る人もいるかどうかわからないブログに自分の感情をただ連ねて満足しています
おかしいですよね、あのwowakaの歌詞を聴きながら育ったのに、でもこう思うことさえいけないんじゃないか?と思うわけです
私は自分のことが大好きです、ヒトリエの曲を、wowakaが作ったバンドの曲を、フロントマンを引き継いで、wowakaが選んだ人達が奏でる曲を、聴いて過ごしています
そんな人、嫌いになれる訳ないです、顔が好きとか性格が好きとかそんなもんじゃなくて、私は私が大好きです、もっと綺麗な日本語が使いたいです、自分が納得できるような人間になって、初めて声を大にして「私はヒトリエの曲を、wowakaの曲を聴きながら育ったんだぞ」「そのおかげでこんなに立派な人間になれたんだぞ」と言いたいです
結局何が言いたいか分からなくなってしまいましたね、もし読んでくれている方がいたら、すみません。
それでも私はこの日を忘れない為に(一回wowakaを忘れないために、と書きましたが私はこの人生一時たりとも彼を忘れた瞬間がないため)、忘れ去られない為に、ブログを書きました。
彼がいなくても私がいなくても誰かがいなくても、世界は回ります、彼の中の世界は止まってしまったけれど、彼を置き去りに私たちは進んでしまいます、それはとても残酷です、正直、時を進めるか止めるか、その世界を愛すか愛さないかは勝手です。
でもwowakaがいた世界を忘れたくない、どうにかして愛せるようになってみたいから、生きています
最後に、みなさんもどうか、このブログを読んでくれている人、今日だけでもいいので、wowakaの曲を聴いてみてくれませんか、自分勝手で幼稚な願いだとはわかっていますが、どうかお願いします。